放送大学生がオープンな講義について思うこと

放送大学の情報コース導入科目である「日常生活のデジタルメディア(14′)」の第8章 学習とデジタルメディアには、「学習」そのものを変えてしまうかも知れない様々な世界的取り組みが取り上げられています。日本でも働き方改革と合わせてリカレント教育などの議論が巻き起きっていて、学習そのものの変革には大きなニーズがあります。

MIT OCW

マサチューセッツ工科大学(MIT)が始めたOpen Course Ware(OCW)と呼ばれる取り組みがあります。大学の講義資料を公開する取り組みですが、日常生活のデジタルメディアのテキストによると

  • MITが2002年から開始、当初32科目

  • 2010年に1000科目を超える

  • 2011年に9000万あまりの人がアクセス

  • Webサイト[https://ocw.mit.edu/index.htm]

となっているようです。近年非常に活発となっていることが分かります。

この活動にはJOCWと呼ばれる日本版が存在していて、そちらは日常生活のデジタルメディアのテキストによると

  • 日本版JOCWは2005年から

  • 2013年1月時点で22の大学が参加

となっています。放送大学はJOCWの正規会員となっていて、いくつかの講義について以下のURLから誰でも動画が見られるようになっています。

http://ocw.ouj.ac.jp/list_tv.html

日常生活のデジタルメディアは現在、最初の講義のみの公開となっています。「放送大学でどんな授業を受けてるの?」と聞かれた時などにも便利ですね。

サルマン・カーン「Khan Academy」

他に「学習」そのものを変えてしまいかねないとして注目されているのが、サルマン・カーン氏が立ち上げた「Khan Academy」と呼ばれる非営利団体です。彼がKhan Academyについて語ったTED Talksは非常に有名です。

Khan Academyは非常に先進的で劇的な取り組みです、物語は金融業界に居たサルマン・カーン氏がいとこの家庭教師を買って出て、講義コンテンツをYoutubeにアップするところから始まります。

すると、気兼ねなく一時停止したり、繰り返し再生でき、好きな時に誰に頼むでもなく勝手に復習出来る点などが好評を博します。

日常生活のデジタルメディアでも紹介されているのですが、サルマン・カーン氏の取り組みは反転授業(flipped classroom)という形で学校の教室へ入り込みます。そのことによる変化をサルマン・カーン氏は以下のように語っています。

06:22 少し立ち止まって・・・ (拍手) ・・・立ち止まって よく考えたいのです これにはとても 興味深い点があるからです 先生たちがそうすれば 明らかな利点が生じます つまり 生徒たちは 私のいとこ同様に ビデオを楽しむことが できるのです 一時停止し 繰り返し再生し 自分のペースで 進められます しかしもっと面白いのは 教室でのテクノロジー利用の話としては 直感に反するでしょうが 一律的な講義を 教室からなくし 生徒に家で自分のペースで 講義を受けさせ その後 教室で 先生のいるところで 宿題をさせて 先生や他の生徒と 交流できようにすることで 先生たちは教室を テクノロジーによって より人間的なものに 変えたのです 教室というのは これまで非人間的な場でした 30人の子どもたちは 口を閉じ 互いにおしゃべり することができず 先生はいかに優れていようと 十把一絡げの授業を 30人の無表情で 少し反抗的な生徒相手に 進めることになります それが今や 人間的な体験へと変わり 互いにコミュニケートできるのです

Khan Academyが取り組んでいるのは単に動画による授業の置き換えということでは有りません。集めたデータを使い、以下のような興味深い言及をしています。

13:29 マイペースの学習というのは みんなに有用なものです 教育用語では「個別化学習」と 呼んでいますが 実際教室でやると すごいものがあります 私たちがこれをやるたびに どの教室でも見られるのは 5日もすると 競って上がっていく 子どもたちと もっと遅い子どもたちとに 分かれます 今までは ある時点で 評価をして 「この子はできる子 この子はできない子だ」 と言っていました 「別々に扱うべきかもしれない クラスを分けたほうがいいかも」 でも自分のペースでやらせると これは何度も目にしている ことなのですが 最初のいくつかの課題を 学ぶときに 時間のかかっていた 子どもたちが それを理解したあと 急に上昇を始めるのです 6週間前には できない子と思っていた子が 今やできる子に なっているのです そういうことは 何度もあります 私たちが恩恵を受けている 肩書きのどれほどが 実際は 偶然にもたらされた ものかと思います

つまり、理解のプロセスはひとりひとり異なり、急に伸びることもある。ということをデータを用いて明らかにしています。

普通に教室で学んで、授業、宿題、授業、宿題、小テスト…というような流れでは全く理解が進まない人も居るかも知れません。そういった通常の学習スタイルでは落ちこぼれてしまっていた人が、Khan Academyによる教育革命によって救われる可能性があります。

教育を個人に最適化

テクノロジーを上手く応用すれば、教育を各個人に最適化することが可能かもしれません。以下は落合陽一氏のSoftbank World 2017での講演からの引用です。

25:29 つまり、どうやったら標準化っていうことを、やめてくかって言うのが、凄く重要ですと。でそれをすると、一人一人に違うもの届けてもいいし、一人一人に違うもの教育してもいいっていうような、コスト低下がやっと効いてきて、つまり今まで全員が全員違う方向向いてると、コストが超高かったんですけど、そのコストをコンピューターが解決するので、じゃあ標準化しなくてもわれわれは多様性を保てる社会を目指そうってことになんです。

コンピュータが多様性を維持するためのコストを下げるので、多様性を保つことが出来るという趣旨の部分です。

Khan Academyが実践していることは正にこのことだと言えます。従来の画一的な方法では伸びなかった生徒が伸びる選択肢を、テクノロジーによるコスト低下をもって提供しようとしているのです。

例えば90分の講義は集中出来ないけど、10分の講義を9倍積み重ねる形であれば伸びて行けるという人に、従来の教育は選択肢を与えられませんでした。講義動画を用意してそれを各自で再生するスタイルであれば、各々が再構成するだけで選択肢を増やせます。

自分に合った学習法で学習する選択肢としての放送大学

放送大学なら、学士を取りながら自分に合った学習法で学習することが出来ます。例えば自分は前期に11教科を履修しましたが、講義動画を殆ど使わず、テキストのみで前期のテストをクリアしています。標準的な講義だと、集中し続けるには長すぎると感じています。

教育を自分に最適化

Khan Academyで様々な講義ビデオを見て、放送大学で通信制の授業を受講しているうちに気が付いたことがあります。講義をビデオという形で配信するのであれば、より短い単位ごとに区切った方が効率が良いということです。動画の読み込みのコストという点についてもそれが言えますが、講義から該当箇所を探すときにも効率が良いです。また、自分としては放送大学の講義動画は集中するには長すぎます。

Khan Academyの動画は10分以下で終わるものが多く、これは、少なくとも自分にとっては非常に学習を進めやすい形式でした。

Khan Academyは高等教育(大学)相当の講義動画も豊富です。最近はトマ・ピケティの理論をベースとした経済学の講義を受講しました。以下の画像はその様子です。ピケティの理論に出てくる、R(Return of capital)とG(economic Growth)という値についてのシミュレーションです。

Khan Academy以外にも講義動画を配信しているサイトはたくさんあって、実業に近い講義や、専門的な講義についても非常に沢山の選択肢があります。Stack SkillsというWebサイトでPython Network Programmingという講義を受講しています。GNS3というネットワークの仮想化ツールと、VirtualBOXという仮装マシンの構築ツールを利用した講義です。セール時にライセンスを購入して24ドルで受けていますが、非常にボリュームがあります。

新しい知の拡散プラットフォーム

学校とはどのような成り立ちがある機関なのでしょうか。スガタ・ミトラ氏はTED Talksで以下のように言います。

00:29 私は学校で実施されている 学習の起源がどこにあるか 私は学校で実施されている 学習の起源がどこにあるか 探ってみました 教育の歴史は長いですが 現在 学校で行われていることの起源を 突き止めるのは簡単です 300年ほど前のこと 地球上で最も強大だった― 最後の帝国 大英帝国です 想像してみてください コンピュータも電話もなく すべての情報は紙に手書きで 交通手段は船という時代に 地球征服を企てるのです ビクトリア時代の人々は それを見事に成し遂げたのです 人間を部品にして 世界規模のコンピュータを 作りました 今でも使われてますよ 「官僚行政マシン」という名前でね このマシンを機能させるためには 大勢の人間が必要です そこで そのための人間を製造する 別のマシンが作られました それが「学校」です 学校は官僚行政マシンの 歯車になるような人間を 生産してきました 歯車になるような人間を 生産してきました 全員まったく同型の歯車に ならなければなりません 歯車には 次の3つの条件があります 字が上手であること 情報はすべて手書きですからね 次に 字が読めること そして 四則演算が 暗算で出来ること そして 四則演算が 暗算で出来ること 全員同型ですから たとえばニュージーランドから 一人を選んでカナダへ送っても すぐに適応することができます ビクトリア時代の人々は 優れた技術者集団でした 彼らが作ったシステムは 非常に堅牢でしたから マシンがなくなった今日も健在で マシンがなくなった今日も健在で 同型の人間を いまだに生産し続けているのです 帝国が滅亡した今 同型の人間を生産し続ける このマシンを 何のために使っていて 将来的にマシンのデザインを 変えるとすれば どう変えればいいのでしょうか

学校は大英帝国時代の遺物だとする理論です。同型の人間を生産し続けることがそもそもの学校のミッションで、それが今日まで生きながらえてしまっているとされています。この議論は画一的であることが度々問題視される現代の日本の学校教育にも関係がありそうです。

「学校」は知の拡散プラットフォームとして古い実装だと言えます。それがもし時代に合ってないと言うならば、この先どう再実装され得るでしょうか。

Khan Academyはこの再実装について、具体的な例を見せてくれました。学校の再実装の案としては非常に強力で、既に支持者も多いと言えるでしょう。学校に変わる新しい知の拡散プラットフォームだと言えそうです。

また、スガタ・ミトラ氏もTED Talksのなかで、自身の研究を踏まえてクラウド上に学校をつくろうと提案しています。彼自身の研究に基づいた説得力のある具体的な提案です。詳しくは彼のTED Talksをご覧ください。

学び方を模索する

科学技術の進展は今後も急速に世界のあり方を変え、また人類の寿命は大きく伸びました。これは、生きている間に全く別の時代に変わってしまう可能性の高まり示しています。

生涯学習は放送大学の大きなテーマの1つでもあるようですが、リカレント教育や生涯学習と呼ばれている、生きてる間に学び直すという活動が今後増々重要になるでしょう。

テクノロジーはこれらのテーマに多様な選択肢を提供します。ここに紹介したような様々な学び方の他にも、Amazonなどのネット通販で本や電子書籍へのアクセスが便利になっている他、Wikipediaや、ITエンジニアであればStackoverflowやQiitaなどが利用出来ます。高度なことを調べたければ、Google Scholarなども便利でしょう。

例えば放送大学は講義動画をネットで配信し、またオンライン授業と呼ばれるインタラクティブな授業形式も展開しています。縛りが少ない選択肢を選びたい人にとっては有力な選択肢になり得ると考えていて、その縛りのなさを活かせば様々なことが出来ると感じています。

何かを知りたい時、現状でも選択肢溢れていますし、今後更に増えると思われます。そのときに重要になるのは、それらの選択肢をどう選び、どう活用するか知っていることだと言えます。より良い学習のためのテクノロジーの活用は今後ますます重要となるでしょう。

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