遂に発売直前!話題のRyzenとは何か、Ryzen以前のAMDと何が違うのか解説

冷や飯を食わされ続けた11年

AMDのシェアが大幅に落ちたのは今から10年以上前、2006年のQ2(第二四半期)のことです。IntelがCoreシリーズを世にリリースした頃でした。Passmarkによると2006年Q1のシェアは48.40%でした。Intelの51.60%に肉薄する数字で、決してニッチなメーカーと言うことはありませんでした。IntelのCoreは動作クロックの上昇によるパフォーマンス競争に終止符を打ったCPUで、それ以降はIPC(Instructions Per Cycle)やコア数を重視する開発競争が繰り広げられます。CPUのクロックが、ほぼそのままパフォーマンスとして認識される時代はその頃に終わりました。

Pentium 4のExtreme EditionがIPCを強化する技術として有名なHTテクノロジーに対応していますし、Pentium Dというデュアルコアモデルも既に存在しましたが、どちらも高クロックを指向していました。

それ以前のAMDはパフォーマンスでIntelと戦えていて、サーバー市場では既存のx86命令セットを64bitに拡張したAMD64が、Intelが新たに設計した後方互換製の無い64bitの命令セットであるIA-64よりも市場に受け入れられており、デスクトップ市場でもWindowsがAMD64に対応したことによってAthlon 64が受け入れられていました。IntelがCoreシリーズで高IPCというカードを切るまでに64bit拡張に関する開発競争があり、その勝負にはAMDが勝利していました。

最初のCoreシリーズは低クロック高IPC設計のモバイル向けのCPUでしたが、モバイル向けに加えてデスクトップ向けのラインナップが存在するCore 2が発売されると、AMDのシェアは更に減少します。AMDは競争力の低い自社製のプロセッサを低価格にて販売することによって対抗しますが、絶対的なパフォーマンスではIntelに対抗出来なくなります。PhenomやFXなどのシリーズがIntelに敗北している様は記憶に新しいのでは無いでしょうか。Coreシリーズが発売されてからRyzenまでの11年間、AMDは冷や飯を食わされ続けて来ました。

AMD FXの設計

2011年に発売されたAMD FX第一世代であるBulldozerの設計思想は独特でした。2つのコアで1つの浮動小数点数ユニットを共有する設計で、2コアで1モジュールと数える設計をしていました。キャッシュが広く、最大で8コアモデルがあり、世界初のデスクトップ向け8コアCPUとして大きな注目が集まりました。

しかしBulldozerアーキテクチャは様々な問題を抱えていました。アプリケーションが1コアを1つの実行単位として認識するため、浮動小数点数ユニットの共有されているという特徴が大きく足を引っ張ったのです。Windowsは内部的に1モジュールを1コアとして数えるパッチを出し、4モジュール8コアは4コア8スレッドと同じような見え方をするようになります。AMDはFXを8コアCPUとして売りだしていたので、この件についてはファンは大きなショックを受けたかと思います。

AMD FXのこの特徴的な設計思想はIntelのHTテクノロジーへの1つの答えだとも考えられます。マーケティング上は安価な8コアが謳い文句でしたが、アプリケーションが2コア以上を使用することを意図した設計であり、設計上は1モジュールを実行単位としています。実行単位であるモジュールが2スレッド持つこの構造はCMT(Clustered Multi Threading)と呼ばれているようです。CMTは仮想マルチスレッディング(SMT)とスレッドを1つ持つコアの中間だと言うことができ、コアあたりに2スレッドを持つIntelのHTテクノロジーに対応するものだと言うことが出来ます。

CMTが効率的な手法かは置いておくとして、4モジュール8コアモデルの実行単位は設計の段階から4つであり、あたかも8つの実行単位があるかのように、8コアCPUと呼ぶことが誤りだとBulldozerを設計したチームは分かっていたのでは無いでしょうか。また、CMTプロセッサが世に出ればモジュールに対するスケジューリングで不具合が出ることも分かっていたとしか思えず、売り文句もWindowsに修正パッチが当たるタイミングもわけがわかりません。Bulldozerの初動は設計とマーケティングとの間で大きな食い違いを感じるものでした。

AMDのマーケティングはその後も失敗を続けます。AMD FXの開発は続きますが、AMDは何故か製造プロセスの微細化に舵を切りませんでした。AMD FXは依然としてデスクトップ向けのAMDのフラッグシップCPUとして認識されていたように思いますが、CPUの製造プロセスは初代と同じGLOBAL FOUNDRIESの32nm SOIプロセスでした。

Intelが22nm FinFETプロセスに切り替えてフラッグシップCPUを出す中でAMDは32nmという粗い製造プロセスでフラッグシップのCPUを出すわけです。両者は嫌でも比べられますが、AMDは自分からIntelのミドルレンジに比べれば安くて性能が良いよ、と言うアピールをします。ミドルレンジのと比較すれば消費電力が、ハイエンドと比較すれば性能で勝てず、AMDのブランド価値は地に落ちて行きます。コストパフォーマンスでしか勝負出来ないメーカーというイメージが定着し、無理に性能勝負に持ち込もうとした高クロックモデルのおかげで、発熱が酷いメーカーというイメージまで付きました。最後のAMD FXシリーズのCPUはFX-8370,FX-8370E,FX-8320Eで2014年の9月に発売されましたが、翌年にはIntelが14nm FinFETプロセスでCPUを製造し始めます。

AMD FXはそもそもAMDを代表するハイパフォーマンスCPUとして売って良いようなCPUでは無かったと感じます。まず最新の製造プロセスを使えるようにしてからフラッグシップを出すべきでした。AMD FXはAMDのブランド価値を失墜させたCPUシリーズだと言えるでしょう。AMD FXが発売されてからこれまでは、AMDファンにとって地獄だったことは言うまでもありません。その原因はアーキテクチャよりも、むしろちぐはぐなマーケティングにあると考えています。

Intelと戦える場所に帰ってきたAMD「Ryzen」

フラッグシップCPUで製造プロセスのハンデを負っていたAMDですが、去年の始めにAMDがGLOBAL FOUNDRIESへの出資を発表します。GLOBAL FOUNDRIESは元々AMDの半導体部門だった会社で、今もAMDの製品のほぼ全てを製造していますが、そのGLOBAL FOUNDRIESに出資をすることで製造プロセスを巻き返そうと言う戦略です。AMDの次世代プロセッサ「Ryzen」はIntelの現行のプロセッサと同等の14nm FinFETプロセスで製造され、既に7nmの製品を予定しているようです。

AMDは戦略を大幅に変えることも発表します。IntelのCoreが重視し、世代を経る毎に向上させてきたIPCをRyzenのコアアーキテクチャであるZenも重視すると言う戦略で、完全にIntelと同じ土俵で勝負するという宣言でした。仮想マルチスレッディングが盛り込まれることが決定し、ZenはこれまでのCPUの1.4倍のIPCを目指すと言う意欲的な目標を設定していました。

AMDのRyzenが凄まじいことは徐々に世間に知れ渡ります。AMDによるZenの8コアモデルとIntelのデスクトップ向けの8コア最上位CPU Core i7 6900Kを同じクロックで動作させて行ったデモで、その性能がほぼ同等であると言う結果が出ます。IPCの向上は期待以上でIntelとほぼ同等であることが知られ、クロックがどこまで上がるのかが焦点となりました。デモの際の動作クロックは3GHzでした。

14nm FinFETでのクロックの向上は、22nm FinFETプロセスを経験しているIntelですら苦戦しました。モバイル向けの微細プロセスではクロックが上がらないと言うことがまことしやかに囁かれていて、私自身先の3GHzのベンチマークは限界ギリギリのクロックで、実際の製品ではベース・クロックは3GHz弱程度、ブースト・クロックでようやく3GHzに達するくらいでは無いかと予想していました。

既に知られているように、この予想は大外れで、Ryzenの8コア最上位CPUはベース・クロックが3.6GHzでブースト・クロックが4GHzに仕上がったようです。これはIntelの8コアCPUと比べても遜色の無い数字で、AMDはたったの一世代でIntelと同じ土俵に上がり性能で勝負になるところまで登り詰めたと言えます。

ジム・ケラーとリサ・スー

ではなぜAMDはたったの一世代でIntelと同じ土俵に上がることに成功したのでしょうか。

RyzenのアーキテクチャのZenを設計した天才エンジニア「ジム・ケラー」の存在が大きいです。ZenのIPCの目標値はこれまでのAMD CPUの1.4倍でしたが、ジム・ケラーが率いたZenの開発チームは、1.52倍にまで引き上げることに成功します。Ryzenがここまでのパフォーマンスを得たのは彼の仕事によるところが大きいようです。彼の天才ぶりはこれまでも多くの場面で発揮されてきたようで、AMD64の設計、Apple AシリーズSoCの設計などに携わって来たようです。それ以前はDEC社という、UNIXが最初に開発されたPDP-7や、優秀な16bitの命令セットを持っていたことで有名なPDP-11などを擁するPDPシリーズを制作していた会社のエンジニアだったようです。最も長くCPUの設計に携わってきた人物の一人で、数々の素晴らしい設計思想を世に残している人物だと言うことが出来るでしょう。

また、2014年8月にAMDのCEOにリサ・スー氏が就任しました。彼女が優秀であることもAMDの復活に大きく影響していると言えるでしょう。

CEO(Chief Executive Officer)は日本語で最高経営責任者と略され、その名の通り企業の経営の最終的な決定権を持ちます。CEOが入れ替わると企業の体質自体が変わると言われています。AMD FXシリーズがリリースされたのが2011年なので、Ryzenは彼女が率いるAMDの最初のフラッグシップCPUと言うことになるでしょう。

前述した通り、AMDはCPUの設計の方針を大きく変えています。Ryzenのプロジェクトだけでも、GLOBAL FOUNDRIESに投資すること、デスクトップ向けCPUのソケットをAM4で統一すること、Ryzenを14nmで製造すること、RyzenをIPC重視で設計すること、SMTを導入すること、その全てに劇的なマーケティング戦略を用意することなどをAMDは決定してきましたが、その意思決定の責任者がリサ・スー氏です。Intelのデスクトップ向けのラインナップが手薄な8コアCPUにRyzenのフラッグシップに据えたのもAMDですが、その責任者も彼女です。また、同じ頃にAMDはGPUシリーズのブランディングの方針も転換しています。AMDのGPUと言えばRadeonシリーズが有名ですが、ワークステーション向けのGPUやサーバー向けのGPU、HPC向けのGPU製品などがラインナップされているFireProシリーズが今後Radeonを冠するブランドとして生まれ変わっていくようです。

Radeon ProはこれまでFirePro Wシリーズとして販売されてきたワークステーション向けのGPU製品として、SSDをGPUと直結することで大きなデータを扱えるようにする技術「SSG」と共に発表されました。GPU側に大量にデータを保持する8K動画の編集などについて優位性が示されました。HPC向けのRadeon INSTINCTというブランドも発表され、AMDの次世代GPU「VEGA」は特にディープ・ラーニングに重要だとされている8bit演算や16bit演算が大幅に強化されると伝えられています。

HPC向けの戦略としては、オープンなGPGPU環境として打ち出されたROCmについても特筆しておくべきでしょう。ZenアーキテクチャのCPUとVEGAアーキテクチャのGPUを使用した環境への最適化が謳われており、AMDの今後のマーケティング戦略において大きな意味を持つと考えられます。このような戦略はCPU事業とGPU事業の両方を持つAMDならではと言えるでしょう。

CPU事業もGPU事業も手掛けるAMDを完璧に指揮する優秀なCEO、リサ・スー氏の手腕に今後も期待しましょう。

One comment

Add a Comment

メールアドレスの入力は任意です。(公開されることはありません)